女たちのゼネラルストーリー司令官物語

 

~夜明けの晩に~

 

 

 

 

かりん御前

 

 

 世界に点在しているファイターのもとに送られた六つの駒を集めることが、黒い月の制御に必要なカギだということがわかった。

 

 

 わたしたちは手分けして駒を集め、黒い月を制御することを実行したけれど、解除システムが作動してしまい、再びふりだしに戻ってしまったのだった。

 

 

 わたしは束の間の戦士の休息のひと時に、神月家の庭園でひとり夜桜を眺めていた。

 

 

世界中のファイターがこの美しい日本の神月邸に集結しているというのに、リュウは来ないなんて……。もしかしたら、今頃「彼」と肩を並べあって満開に咲きほころんだ夜桜を見上げていたかもしれないのに。遠くにいてどこにいるかもわからない、会いたくても会えない「彼」を、来ないとわかっていてもわたしはひとり待ち続けている。冷たい風が勢いよくわたしのリボンをなびかせている。桜は枝をしならせながら揺れていたけれど、花びらは散ることもなくとどまっている。まるでわたしみたいに。

 

 

「あの方はまだですの?」

 

 

 かりんさんの声が聞こえてきた。側近の男性と一緒のようだ。わたしはとっさに姿を隠した。こんなときでさえ、刑事のくせが出てしまう。わたしは動くことができずに、じっと身を潜めていた。

 

 

「申し訳ございません。手を尽くして捜索しておりますが、依然行方がつかめません」

 

 

「柴崎。シャドルー壊滅作戦にはもう一つ、重要なミッションが隠されていることをご承知ですわね? これは我が神月家の行く末を決定づける最重要機密事項だということを、ご理解なさって?」

 

 

「は。御庭番衆総出でリュウ様を懸命に捜索しております」 

 

 

 え!? かりんさんはリュウのことを探しているの? わたしの心拍数は急激に上昇した。かりんさんは世界屈指のファイターを集めているのだから、どうしてもリュウに参戦してもらいたいのはわかる。けれどもう一つのミッションが隠されているという言葉が耳に引っかかる。しかもそれは神月家の最重要機密事項らしい。わたしはかりんさんの計画の内容が何かを知りたくて耳をそば立てた。

 

 

「シャドルー壊滅作戦成功の暁には、あの方に神月家への協力の要請をいたします。神月家の地位も名誉も財もお望みどおり差し上げることを条件に神月家と婚姻関係を結び、超一流の優良遺伝子を神月家の血統に組み入れなければならないのですから」

 

 

遺伝子だなんて、そんな……!

 

 

まさか、あのかりんさんがリュウとの結婚を望んでいたなんて。わたしはにわかに信じられずに動揺していた。

 

 

でも、かりんさんはリュウのことを本当に愛しているの? それともただ、リュウの遺伝子が欲しいだけなの? かりんさんは日本を裏で動かせる特別クラスの上流階級の人。男女の恋愛なんて関心がないのかもしれない。でもそれじゃあリュウの肉体を欲しがっていたベガと同じじゃない!

 

 

それに、リュウがかりんさんとの結婚を承知するわけがないわ! だって、だってリュウはわたしと……! わたしは唇をかみしめていた。

 

 

そのとき、邸宅の屋根から大きな衝撃音が鳴り響いた。ことの異変に気づいた者たちは皆、庭園に出て屋根の方を見上げていた。

 

 

そこには、見たことのない浅黒い肌の野性的な咆哮を上げている男と、リュウがいた!

 

 

わたしの胸は歓喜に震えた。「彼」はちゃんとここへ来てくれた。わたしはリュウと野生の戦士との対決を、しっかりと見届けるために、見晴らしの良いテラスに向かった。

 

 

「やっと来たな。お手並み拝見とするか」

 

 

 ケンがわたしの隣にいた。おそらく、シャドルー壊滅作戦に携わっている者すべてが、これから繰り広げられるバトルの立会人となっていたのだった。

 

 

 

「リュウ!」

 

 

 わたしはリュウが勝利したことを認めると、真っ先にリュウのそばに駆け寄った。ケンも同じく飛び出してきた。

 

 

 リュウはケンと目を合わせてうなずいた。わたしは今までのリュウとは、どこかが違っていることに気づいていた。精悍な眼差しには手ごたえをつかんだような確信が感じられた。でも、変わっていないところもある。それはいざとなったときには必ず現れて、わたしを安心させてくれるところだった。

 

 

「やっと揃いましたわね」

 

 

 かりんさんが歩み寄ってきた。

 

 

「これより、わたくしたちはシャドルー基地に向かいます」

 

 

「ナッシュたちは?」

 

 

「先程報告がありました。彼らは月を止める方法を見つけたようです」

 

 

「そいつはすごいな。なら、月の方は任せて、俺たちはベガを倒すか」

 

 

 ケンが意気込んで拳を突き上げた。

 

 

「俺も行こう」

 

 

 リュウが一歩前に出た。

 

 

「随分待たせてくださいましたものね」

 

 

 かりんさんのリュウを見つめるうれしそうな目。普段は冷徹なかりんさんも、こんな表情をするんだと思った。

 

 

「その分、働いて返すさ! なあ?」

 

 

 ケンがリュウの肩に腕をかけてともに戦うことを喜んだ。わたしはリュウと一緒に戦えることと、ローズさんの言うわたしの「彼」が予言通りにこの日本で出会えたことに胸が弾んでいた。わたしは思わずリュウに手を差し伸べていた。

 

 

「頑張りましょう」

 

 

 リュウの目がわたしを見て微笑んでくれた。しっかりとわたしの手を握ってくれたリュウの手は、大きくて暖かくて力強い手だった。「やっと出会えた!」そう思った瞬間だった。

 

 

わたしたちの握手に、ケン、ダルシム、そしてかりんさんも手を重ねて打倒ベガのために決心を確かめ合ったのだった。

 

 

「かりんさん、シャドルー基地に出発する前に聞いておきたいことがあるの」

 

 

 周囲に誰もいないことを確かめてから、わたしはかりんさんの背後から声をかけた。すぐさま縦巻カールの髪を大きく揺らせてかりんさんは振り返った。

 

 

「何でしょう?」

 

 

「単刀直入に伺うわ。あなたはリュウを利用しようとしているの?」

 

 

こういうことを切り出すのはとても勇気がいる。けれど格闘家として命を懸けてベガに挑もうとしているわたしにとって、このことははっきりと確かめておきたかった。わたしの胸の鼓動は激しく打ち付けていた。

 

 

「さすがはICPOの捜査官さんですわね」

 

 

 かりんさんは余裕の笑みを見せた。

 

 

「わたくしはこの国と神月家のためにある条件を満たす人物を探していたのです」

 

 

「ある条件?」

 

 

「たぐいまれな肉体と強靭な精神力を備えた格闘術体得者であり、なおかつ成熟した魂の持ち主であること。さらに霊性が覚醒されれば完璧ですわ……要するに、心・技・体、霊・魂すべてを備えた日本人男性の優良種を、当家は必要としているのです」

 

 

「どうしてそこまで?」

 

 

「これから激動の時代を迎えます。人類は最終進化へ向かうために粗雑な種は淘汰されるのです。71億人全員が生き残れる時代ではもはやございませんのよ。この惑星の進化のためには必ず通らなければならない道なのです」

 

 

 壮大な話になってきた。神月家なら惑星レベルの裏事情もすべて把握しているはず。スペースシャトルや衛星を飛ばすほどの神月家の当主が言うことだから、そうなのかもしれない。だけど、粗雑な種っていったい何なの? 人類の進化に種を問うのだろうか。それじゃあ、ごく普通の人間は淘汰されてもいいということになってしまわないだろうか。

 

 

「かりんさん、たとえ種がいくら優秀だとしても、愛がなくちゃいけないんじゃないかしら。その考え方じゃ、いつか能力だけにとらわれて愛を忘れてしまうかもしれない。権力ある人がベガのようになってしまってはダメなのよ」

 

 

 わたしは思いの丈をすべて伝えなければならない思いに駆られた。

 

 

「それに、粗雑な種なんてないわ。愛を知っているか知らないかの違いだけなのよ。この世界を支配している人たちに愛はあるの? 彼らこそ愛を知らなくちゃいけないのよ。支配者が愛に気づいたら、人類を支配するなんて考えそのものが愛に背いていることに気づくはずなのよ」

 

 

「春麗さん、あなたの言うとおりよ」

 

 

「ローズさん!」

 

 

 腕を組んで城壁から姿を現したのは、ローズさんだった。

 

 

「この世界は愛のない世界が現象化された世界よ。愛がない世界が生み出すのは貧困、飢饉、戦争、混乱、分離、汚染、闘争の世界。それは破滅の道よ。愛のない者が構築した世界はまもなく破たんを迎えるわ」

 

 

 ローズさんは、わたしとかりんさんの会話の一部始終を聞いていたはず。神月家の当主に率直に進言できるのは、メンターであるローズさんだけだ。きっと彼女はベガにも同じように忠告してきたのに違いない。

 

 

「さすがは春麗さんですわ。ローズさんも同じことをおっしゃいました。わたくしの『粗雑な種は淘汰されなければならない』という考え方こそが愛に反すると」

 

 

 いかに地位名誉、財を成そうとも、人は愛がなくては生きられない。そして、愛は生命であり、作ることも買うこともできない最も大切な根源と呼べるもの。その根源を粗末にしてしまっているのが今の世界なのだ。

 

 

「あなたほどの権力を握っている人が、いちばん大切な愛を忘れちゃいけないのよ。たとえシャドルーが滅んでも、新たな権力者に愛がなければ世界を変えることはできないわ」

 

 

 人類の歴史を振り返れば、いつの世も支配者が誰に変わろうとも、人類に安寧の世が与えられた記録はない。有史以来、権力者同士のパワーゲームを繰り返してきただけで、愛ある世界がもたらされたことはなかった。いまや、核爆弾でこの惑星もろとも破壊されるかもしれないという終末的危機が目前に迫っている。それを阻止できるのは人間の愛しかないのだ。 

 

 

「春麗さん、わたしにできなかったことを、あなたがやってごらんなさい。わたしはベガを救えなかったけれど、あなたが『彼』と手を組んだならきっとベガを倒せる。いいえ、ベガを救えるわ。そしてあなたが望む世界を創造すればいいわ。世界を変えられるのは権力者ではなく、ごく普通の人たちよ。それがあなたたち『火と水』の使命なのよ」

 

 

 わたしはローズさんの目を見て大きくうなずいた。リュウとふたりなら、何でもできる。きっとすべてがうまくいくと確信していた。

 

 

「結構ですわ。わたくしは、あなたとあの方がベガの本拠地にたどり着くまでを、全力でサポートさせていただきます。あなたのおっしゃる愛をわたくしに証明なさって。そしてシャドルー壊滅作戦が見事成功されたなら、あの方にわたくしから正式に求婚させていただきますわ」

 

 

「いいわ。わたしは自分の使命を果たすだけよ。必ず作戦を成功させてみせるわ。それに、だれを選ぶのかは、リュウが決めることだわ」

 

 

 わたしは覚悟を固めた。

 

 

「欲しいものは実力で手に入れるまで。必ずやあの方をわたくしの真・最終修行神月家究極奥義『麗しの瞳』で魅了してさしあげますわ」

 

 

 どこまでも自信に満ち溢れているかりんさんに、わたしは負ける気がしなかった。かりんさんはライバルには最高の相手だ。むしろ、女の血が騒ぎだしてわくわくした。リュウはきっとわたしを選んでくれる。だって、リュウと握手した相手はわたし。そう、『うしろの正面』の答は「わたし」なんだもの! わたしは一歩前に踏み出してにっこりと微笑んだ。

 

 

「必ずベガを倒して戻ってくるわ。リュウと一緒に」

 

 

かりんさんは余裕の笑みをわたしに向けてから、じっとわたしの目を見た。

 

 

「では、参りますわよ!」

 

 

 わたしは大きくうなずいた。そして駆け出した。リュウたちのもとへ。