18歳以上を対象とした内容となっております。

性的表現の苦手な方・お子様はごめんなさい。

 

 

 

SFⅤゼネラルストーリー・エンディングより

 

 

過去・現在・未来

 

愛は時空を超えてⅡ

 

From the present to the future.

 

 

 

 

 

 絶え間なく水面を打ち付ける滝の音を聞きながら、俺は決着をつける時を待っていた。

 

 

 シャドルー壊滅作戦時に戦ったネカリにも、ベガのサイコパワーからも殺意の波動を発動させずに沈められた理由が何なのかを、今の俺ならば、答えることができる。それがケンに通用するのかどうかを確かめるために、俺はここに戻ってきたのだ。

 

 

 修行時代はともに歩んできた道が二手に分かれ、俺とケンは正反対の道を歩んできた。

 

 

 答えはひとつ。

 

 

 別々の道を歩もうとも、互いにそれを知っていた。その答えをいま、ここで照らし合わせる時が来たのだ。

 

 

 ケンの氣だ。俺はケンの声よりも先に、永遠のライバルがここに来たのを察知していた。

 

 

「待たせたな」

 

 

 俺の背中に向かってケンは言った。やつは十分に氣を練ってきている。余裕を見せていても、その陰には不断なる鍛錬を積んできているのがわかる。しかし、そのそぶりを微塵も見せないところがケンという男なのだ。

 

 

「氣を引き締めるにはちょうどいい時間だった」

 

 

「ははっ、相変わらずだなおまえは」

 

 

 互いに間合いをとり、拳を構えた。

 

 

「さあ、見せてもらおうか。おまえが見つけた答えってやつを」

 

 

 

 

 

 

 海を渡り、上海の街に降り立った俺は、すでに心は目的地に向かっていて、心を追うように急いでいた。

 

 

 これまでは風の向くまま気の向くままに、強者を求めて世界をあてもなくさまよってきた。けれど今の俺には明確な目的地がある。長きにわたり、俺の魂が探し求めてやまなかったところに、まっすぐに向かうだけだ。

 

 

 春麗。おまえのことを思うだけで、俺の心は騒ぎ立てる。早く会いたい。会っておまえを抱きしめたい。その唇を味わいたい。柔らかな胸のふくらみを確かめたい。そして――春麗のぬくもりを感じたい。

 

 

 俺は狂ってしまったのだろうか。いや、今の俺には殺意の波動はもはや克服したも同然。俺は狂ってしまったのではなく、本来あるべき位置に戻っただけだ。

 

 

 ケンは勝負の後、俺の変化に気づいていた。

 

 

「やっと、たどり着いたな。その答えは揺るぎがないものだ。大切にしろよ」

 

 

 今回の勝負は俺の勝ちだった。しかし、これまでの勝ちとは明らかに違うことに俺自身が気づいていた。だからこそわかったことがある。ケンは俺のずっと先を進んでいて、俺よりも先に答えを見つけていたということを。答えはたったひとつというならば、それは――愛だ。

 

 

 

 春麗の住む道場に着くと、思いがけない人物と再会した。お互い目が合うと同時に、声を発していた。

 

 

「あ!」

 

 

 そこには「あの」女の子がいた。ベガに捕らわれていたところを、春麗が助けた女の子だ。

 

 

「君はここにいたのか」

 

 

 女の子は頬を赤らめて近づいてきた。うれしそうに俺を見上げている。

 

 

「うん! おねえちゃんと一緒に住んでるの。ねえ、おにいちゃんは、おねえちゃんに会いに来たの?」

 

 

「ああ、そうなんだ」

 

 

 よく見ると、やはり春麗に似ている。この子もともに修羅場をくぐり抜けてきた仲だったからなのか、何というか、妙に親しみを感じさせるかわいい子だ。年頃はまだ8つくらいか?

 

 

「おねえちゃんを呼んでくる!」

 

 

 女の子は喜び勇んで奥へと引っ込んでいった。

 

 

 もうすぐ春麗に会える。そう思うだけで俺の胸の鼓動は高まり、幸せな気持ちで満ちあふれていた。この感情は春麗にしか感じたことのない特別なものだ。それもそのはず。春麗は俺の魂の片割れだったのだから。

 

 

「リュウ? 本当に!?」

 

 

 春麗は俺の姿を見るなり、駆け寄ってきた。再会の挨拶よりも先に、春麗は俺の手をつかんで道場に連れ込んだ。

 

 

「こんなに早く会いにきてくれるなんて。ああ、リュウ・・・」

 

 

 二つの柔らかな胸のふくらみが、俺の胸板に押し当てられている。この弾力は確かに春麗のものだ。髪から香るいい匂いもそうだ。

 

 

「本当はもっと早く会いに来たかった」

 

 

 春麗の背中に手を回して思い切り抱きしめた。春麗を離せなかった。

 

 

「ラブラブだね」

 

 

 あの女の子が道場の奥の勝手口からニンマリした顔で言った。

 

 

「リーフェン!」

 

 

 急に現実に引き戻されたかのように、春麗は俺から離れて振り返った。リーフェンは満面の笑みを見せた後、すぐさま奥に引っ込んでいった。

 

 

「訳あって、一緒に暮らしているの。あの子に遠慮はいらないわ。ふたりでいつもあなたのことを話していたから」

 

 

「俺のことを?」

 

 

「ええ、どっちがあなたのことを好きかをいつも言い合ってるの」

 

 

「冗談だろ」

 

 

「本当よ。うふふっ」

 

 

 あの様子だと、ふたりはとても仲が良いらしい。まあ、あの女の子が元気であればそれでいいのだが。

 

 

「あなたが来てくれたら、三人でデートしようねって約束していたのよ」

 

 

「ずいぶん意気投合しているようだな。他人とは思えないぞ」

 

 

「本当にそう思う?」

 

 

「つい最近知り合った仲とは思えないな。まあ、俺たちも長らく接点のない仲だったが・・・」

 

 

 確かに、春麗との関係はつい最近親密になった仲とは思えないほどの深い縁で結ばれていたことを知ってしまった。それは奇遇でも不思議でもなく、俺がずっと探し求めていた出会うべき相手が春麗だったということだ。

 

 

「ねえ、あなたとわたしの仲って、どんな仲なの?」

 

 

 春麗は挑発的な目で俺を見た。ならばとくと確かめればいい。

 

 

「教えてやるから、目を閉じろ」

 

 

 俺は迷わず春麗の唇に自分の唇を重ねた。やっと春麗の唇にたどり着いた。かすかに開いた春麗の唇に舌をねじ込ませて春麗の前歯の裏の付け根を舌先でなぞると、春麗の舌が触れてきた。俺は一気に舌を絡ませて吸い付いた。キスというものは思いを表現するのに最高の手段だと思った。

 

 

 春麗は俺の思いを素直に受け入れてくれた。春麗とは拳を交し合うよりも、キスを交わし合う方がずっといい。これからはもっと春麗とキスしたいと思った。俺は春麗の唇からゆっくり離れた。

 

 

「これでわかったか?」

 

 

 春麗の顔は紅潮し、目は潤んでいた。

 

 

「あなたって、そんな直球ストライクな人だった?」

 

 

「目標が定まったら、直球勝負が俺の流儀だからな」

 

 

 これまで長い間、俺の魂の求める何かを見出せずに、迷いながら答えを探し求めてきたのだ。その答えがやっとわかったのだ。真の格闘家への道へは、俺の魂の片割れを見つけなければたどり着けないということだ。もともと俺と春麗とはひとつ。そうだとわかったならば、ひとつになって進むだけだ。

 

 

「なんていうか・・・あなたのそういうまっすぐなところが、好き」

 

 

「それって、俺が単純な男だってことか?」

 

 

「フフッ、さあね」

 

 

春麗は頬を赤らめながら微笑んだ。シャドルーを追っていたころの春麗からは見られなかった笑顔。春麗が笑ってくれるなら、俺は何だってやれると思った。俺はたまらなくなって、再び春麗をありったけの思いを込めて抱きしめた。

 

 

「リュウ、苦しいわ」

 

 

 つい、思いっきり抱きしめてしまう。春麗は格闘家とはいえ、女性だ。俺はもっと女性の扱い方に注意を払わなければならないようだ。

 

 

「悪かった。これじゃあエドモンドのサバ折だな」

 

 

 俺たちは笑いあった。

 

 

「ねえ、あなたを待っていたのは、わたしだけじゃなくてリーフェンもなのよ。はやくあなたと会わせてあげたいわ

 

 

 ひらり、と春麗は俺の背後に回って背中を押した。俺ははじめて春麗の道場の奥にある部屋へ足を踏み入れることになった。

 

 

 廊下を渡ると客間に通された。そこでリーフェンは落ち着かない様子で俺を待っていたようだ。俺を見るなり抱き着いてきた。

 

 

「ずっと会える日を待ってたの!」

 

 

 女の子に抱き着かれたことは初めてだったが、素直にかわいいと思った。俺はリーフェンの頭をなでた。

 

 

「俺もだよ。まさか君がここにいるとは思わなかった」

 

 

「あのとき、助けてくれてありがとうって、ずっと言いたかったの」

 

 

 リーフェンは俺の顔を見上げて微笑んだ。この子の笑顔はなぜか俺の心を浮き立たせる。

 

 

「当然のことをしただけだ」

 

 

そうだ、俺の拳は誰かを守るためにあるということをこの子から気づかされたのだった。

 

 

「むしろ、俺の方からお礼を言うよ。君には大事なことを教わったから」

 

 

 自然とリーフェンを抱きしめていた自分に気づいた。そんな俺を見ている春麗の目が、とても優しかった。

 

 

「よかったわね、リーフェン。あなたの大好きな人にやっと会えて」

 

 

 リーフェンは、春麗に「うん!」と大きくうなずいた。

 

 

「よし! リーフェン、さっそく俺とデートしてくれるか?」    

         

 

「うん!」          

 

 

「どこへ行こうか?」

 

 

「パンダを見に行きたい!」

 

 

 俺は春麗を見た。春麗は微笑んでうなずいた。

 

 

「いいぞ、パンダを見に行こうな」

 

 

「うん。おねえちゃんと三人で」

 

 

 俺は心底うれしくなった。今日は楽しい一日になりそうだ。

 

 

 

 

 

 地下鉄に乗り、上海の動物園に向かった。さすがは中国。人も多いがエリアも広い。リーフェンは俺の手から離れることなくずっと一緒に歩き回った。春麗は俺とリーフェンとのやり取りを楽しげに見ていた。動物は日本の動物園にいるのとよく似ている。違うのは、猿山にいるのはニホンザルではなくて、孫悟空のモデルとなったキンシコウだったことだ。

 

 

「あそこにパンダがいるよ!」

 

 

 リーフェンは俺の手を引いて向こうへと走った。やはりパンダは人気なのだろう、そこには人だかりができていた。子どもの視線では、まずパンダを見ることはできない。俺はリーフェンを肩車してやった。

 

 

「わーい! パパとおんなじだ!」

 

 

 高いところを怖がる様子もなく、リーフェンは遊んでいるパンダを見ていた。リーフェンがパンダに夢中になっているとき、春麗は俺の腰に手を回して寄り添っていた。言葉を交わさずとも、それだけで俺は幸せな気持ちでいっぱいになっていた。

 

 

周りの大人を見ていて思ったことだが、子連れの大人は、動物を見るよりも子どもの様子を見て楽しんでいるようだ。そして俺も、その大人の一人になっていたことに気づいて我に返ったのだった。

 

 

 

遊び疲れたところで、休憩することにした。人の姿が見下ろせる高台に腰かけた。俺は春麗とリーフェンのふたりの座っている位置からすこし上がったところで一息ついた。この高台一面はシロツメクサで埋め尽くされており、緑のじゅうたんの上に座ることで、雑多な氣が抜けたような気がした。

 

 

ベガを倒してからというもの、俺の人生は一変した。ついさっきまで想像もできなかった人生の転換期をまさに今、体験している。

 

 

俺の心は春麗で埋め尽くされている。信じられないことだが本当だ。そんなとき、ケンを思う。ケンはイライザと出会ってから強くなった。メルが生まれてからは全米チャンピオンになった。

 

 

今の俺は、ケンの強さの秘訣が何だったのかがわかる。真の格闘家は、ひとりではなれないのだ。俺はやっとそのことに気づいた。

 

 

難しく考えてばかりいた。遠くにあるとばかり思っていた。不撓不屈の精神こそ最上だと信じてきた。今はどうだ? 俺は格闘のことさえ忘れてその反対にいる。古い自己イメージにとらわれて、自分がすでに持っている力に気づいていなかったのだ。俺が闘ってきたのは、己の幻想だったのかもしれない。

 

 

春麗とリーフェンのふたりと一緒にいると、本当に心が安らぐ。魂が喜んでいるのがわかる。うれしくて幸せだと思う。ふたりを守りたいと思う。もっと強くなれると思う。俺は格闘家としてではなく、ひとりの男として考えている自分に気づいた。

 

 

「これ、あげる」

 

 

 リーフェンが駆け寄ってきて、俺の頭にシロツメクサの冠を載せた。

 

 

「パパにも作ってあげたの。チャンピオンになったから」

 

 

 得意げな顔でリーフェンは言った。

 

 

「君のパパは、チャンピオンなのか」

 

 

「うん! 世界一強いの」

 

 

「パパは格闘家なのか」

 

 

「そうなの。世界中の強い人がパパのところに試合を申し込みに来るんだよ」

 

 

「それはすごいな」

 

 

「ねえ、お膝に座ってもいい?」

 

 

 リーフェンは俺の返事を聞くよりも先に、俺の懐に潜りこんで鎮座した。

 

 

 世界チャンピオンには、家族がいて子どもがいる。何の変哲もない普通の生き方をしているようだ。「彼」は家族を捨てて遠くに武者修行の旅に出ることもないだろう。殺意の波動に苦しむこともないだろう。俺はこれまで生きてきた道とは全く反対の道に、真剣に目が向き始めていた。

 

 

「パパはどんな人なんだ?」

 

 

 俺はリーフェンがごく自然になついてくれることがうれしいのと同時に、他人とは思えない何かを感じていた。

 

 

「やさしくて、強くて、とってもかっこいいの!」

 

 

「そうか、君はパパが大好きなんだな」

 

 

「うん! 世界でいちばん好き!」

 

 

 この子の父親がうらやましく思った。きっとこの子がかわいくて仕方ないだろう。それに、どんなことがあっても頑張れるだろう。失うもののない俺には、到底適わないと思った。

 

 

「いつか、俺も君のパパに手合わせ願いたいな」

 

 

「今のおにいちゃんも強いけど、パパはもっと強いよ。きっとパパには勝てないよ」

 

 

「ははっ、そうか」

 

 

「おにいちゃんは優勝したことがあるの?」

 

 

「俺は今まで公式戦に出なかったから、優勝したことはないな」

 

 

「それじゃあ、パパになれないよ」

 

 

「ん?」

 

 

「なんでもな~い」

 

 

 リーフェンは立ち上がって、俺の手を引いた。そして春麗の横へ俺を座らせた。

 

 

「うふふ。やっぱりお似合いだね。パパとママみたい」

 

 

 思わず春麗と目を合わせた。春麗は吹き出しそうなのをこらえていた。うれしそうな春麗を見るたびに俺の心は震えた。こんなささやかなことが人を強くするんだと俺は心底思った。

 

 

 

 

 

 帰宅してシャワーを浴び、俺はひとりソファーでくつろいでいた。ジャスミンティの香りが部屋に広がっている。

 

 

「疲れたのね、すぐに寝たわ」

 

 

 春麗はリーフェンの部屋から戻ってきた。

 

 

「あの子、とってもうれしかったみたいね。あなたとデートできて」

 

 

「俺も楽しかったよ。あの子がいてくれて、本当によかった」

 

 

「こんなに楽しい思いをしたのは、何年ぶりかしら」

 

 

春麗はジャスミンティのマグカップを持って俺の隣に座った。

 

 

「あなたとリーフェンを見ていると、父との思い出がよみがえってきたわ。わたしも父が大好きだったの。やさしくて、強くて、自慢の父だった」

 

 

 俺は動物園でのリーフェンとのやり取りを思い出していた。リーフェンは俺をずっと独占していたが、春麗は一歩下がって俺とリーフェンの様子をずっと微笑ましく見てくれていた。

 

 

「シャドルー壊滅作戦の後、父の消息を捜索したけれど、・・・何もわからなかった」

 

 

「そうだったのか」

 

 

「でもね、今日やっと決心がついたの。わたし、刑事を辞めるわ。前へ進まなきゃ。自分でできることはすべてやったもの、後悔はないわ」

 

 

 春麗の表情には、もう悲しみはなかった。希望に満ちた目に変わっていたのを俺は見ていた。

 

 

「この道場を、再開しようと思っているの。父さんが残してくれた大切な場所で、子どもたちに本当の強さとやさしさ、美しさを教えたいと思ってる。それがわたしのこれからの生き方なんだって、今日のあなたとリーフェンを見ていて思ったの」

 

 

 俺は春麗もまた、探していた答えを見つけたことを知った。新しい人生をはじめようとしている春麗に、俺は何をしてあげられるだろう。どうしたら力になってやれるだろう。俺は自分以外の存在にこれほど助けてあげたい気持ちになったのははじめてだった。

 

 

「できることなら、俺も力になってやりたい」

 

 

 春麗は、しばらく黙っていた。

 

 

「こうやってときどき会いに来てくれたら、それだけでうれしい」

 

 

 春麗は笑顔で答えてくれた。しかし、何も持たない今の俺には、それ以上のことは何も言えなかった。

 

 

「さあ、今日はもう休みましょう。あなたも疲れたでしょう。あなたの部屋を用意したから、ゆっくり休むといいわ」

 

 

 春麗は立ち上がって、俺のために用意した部屋へと向かった。俺は春麗の後ろ姿が見えなくなってから立ち上がった。

 

 

「ここがあなたの部屋よ。じゃあ、おやすみなさい」

 

 

 そう言って、春麗は隣の部屋に入っていった。俺は廊下に残されたまま突っ立っていた。仕方なく、案内された部屋へと入った。

 

 

 そこは使っていない部屋だったらしく、ベッドだけしかない生活感のない部屋だった。俺はベッドに身体を横たえた。

 

 

 ただ、天井を見つめていた。日中はあんなに楽しかったというのに、今は心が締め付けられている。隣の部屋には春麗がいる。行って抱きしめればいい。なのに、切なくてたまらない。この思いはどこから来るのか。自分の感情をどう理解したらよいのかわからない。修行に没頭して気を紛らわせて解決できる問題ではない。俺は上体を起こして、ベッドに座り込んだ。思案していても仕方がない。俺は立ち上がって部屋を出た。

 

 

 春麗の部屋をノックした。はい、とすぐに返事がした。俺はドアを開けた。

 

 

 ベッドサイドに座っている春麗がいた。春麗は俺の姿を一瞥すると、涙を拭いたようなしぐさをした。

 

 

「入ってもいいか?」

 

 

「ええ」

 

 

 女性の部屋に男が入ることがどういうことなのか、わかりきっている。しかし、今はそんなことよりも春麗の涙の理由が知りたかった。

 

 

「泣いていたのか」

 

 

「少し。でも、もう大丈夫。気にしないで」

 

 

 いつものおだんご頭ではなく、長い髪を腰まで下ろした姿も相まって、殊勝に振る舞う春麗の違う一面を見た気がした。

 

 

「隣に座ってもいいか?」

 

 

 春麗は無言でうなずいた。少し間を開けて座った。

 

 

 何を言ったらよいのかわからず、黙っていた。まだ、自分の感情の整理がついていなかった。春麗もまた、何かを考えているようだった。

 

 

 ついさっきまでの俺ならば、迷わず春麗を抱いていた。けれど今はそばに春麗がいるのに心が苦しい。こんなにもどかしい思いは体験したことがなかった。

 

 

「すまない、春麗。俺はおまえを悲しませてしまった」

 

 

「ううん。あなたは何も悪くないわ。わたしの方こそ心配かけてごめんなさい」

 

 

 お互いに弱さを見せまいとして強がっていることだけはわかった。けれど、せめてこんなときこそ、涙を受け止めてやりたい。

 

 

「我慢するな。泣きたいときは、泣けばいい」

 

 

 春麗は、俺の肩に寄りかかってすすり泣いていた。俺は春麗の肩を抱き寄せていた。そもそも春麗が刑事になったのは、父親の行方を捜すためだった。気丈に振る舞ってはいても、片時も父親のことを忘れたことはなかっただろう。それに皮肉なことだが、春麗が父親と幸せに暮らしていたならば、俺と出会うことなどなかった。

 

 

 翻って俺は春麗のそばにいてやれない中途半端な男だ。ふらりとやって来て、去って行く。俺は春麗の涙の理由が何なのかを、心の奥底ではわかっていた。

 

 

 俺の感情はこのとき次第に明確になっていった。会いたいのに会えない切なさよりも、そばにいるのに何もしてあげられない切なさの方がどんなに苦しいかを俺は知ってしまった。俺にとってはベガを倒すことよりも、ひとりの女性を幸せにすることの方が、百万倍難しいという問題に直面していた。俺はまだまだ、ケンの足元にも及ばないことを痛切に思い知らされたのだった。

 

 

「お願い、今日はずっとそばにいて」

 

 

 春麗は俺にしがみついてきた。いいのか? 春麗を抱いても本当にいいのか? 俺は何度も自問しつつも、理性はアクセルを踏んでいた。

 

 

「春麗!」

 

 

 俺はベッドの上に春麗を押し倒していた。何もかも考えられなくなっていた。

 

 

 俺と春麗はひとつにならなければならない。お互い身体が引き合っている。魂がそう叫んでいる。俺たちはひとつになるために出会ったのだ。抗う必要など何もない。――俺は春麗に溺れたのだった。

 

 

 

 

 

 

 左腕のしびれで目が覚めた。

 

 

 横には俺の腕の中で春麗が寝息を立てている。俺は春麗の身体が冷えないように布団をかけてやった。こうして春麗とぬくもりを分かち合いながらずっと一緒にいられたら、どんなに幸せだろう。

 

 

 今の俺は格闘家ではなく、ただの男。格闘の世界でいかに戦い続けようとも、ひとりの女性と向き合う勇気がなければ、何の価値もない。

 

 

 俺は心底春麗を愛している。春麗のためなら死ねる。俺たちは時空を超えて出会うことができたのだから、国境を隔てていても大した問題ではない。俺と春麗の魂同士の約束を果たすだけだ。

 

 

これ以上、春麗を悲しませたくない。俺は春麗の寝顔を見ていてそう思った。朝まではまだ時間がある。春麗が目覚めるまではそばにいてあげたい。もちろん、俺も春麗のそばにいたかった。俺は再び目を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 あまりの快感に目が覚めた。なんと、春麗が俺の上に乗って腰を前後していたからだ。春麗は甘い声を時折発しながら、十分に濡れた膣内に俺を包み込んで、ゆっくりと前後に膣を締め上げている。シャツの下からたわわな乳房を露わにしながらうっとりした顔で気持ちよさそうに動いていた。

 

 

「春麗・・・止まってくれ・・・!!」

 

 

 思わず春麗の腰をつかんで声を出していた。春麗の膣は窒息しそうなほどの快感を俺に与えてくれる。普段の春麗からは想像できないくらいなまめかしい腰つきできつく膣ひだを絡ませてくる。気持ち良すぎて耐えがたいほどだ。春麗はついこの間まで本当に処女だったのかと疑ってしまうくらいだ。

 

 

「感動したよ。春麗がこんなことしてくれるなんて」

 

 

「本当はものすごく恥ずかしかったのよ。でも、一緒にいられる間は少しでもあなたを気持ちよくしてあげたかったから・・・。どう? 気持ちいい?」

 

 

 春麗は両脚を開脚して俺を膣に深く挿れては亀頭が引き抜かれる寸前まで上下に動いてくれた。ここから俺と春麗の結合部がよく見える。愛液で滴る春麗の女陰が俺を深く飲み込んでは引き抜いているさまを見て、俺はさらに興奮してしまった。それにしても、春麗がこんなに床上手だとは!

 

 

「最高に気持ちいいよ、春麗。気持ち良すぎて、出そう・・・!!」

 

 

 これ以上春麗に締め付けられたら、ついに果ててしまう。俺は春麗の腰をつかまえて、必死で動きを止めた。自分自身をこらえるのに、全身の毛が逆立っているのではないかと思うほどだ。

 

 

「本当に? こうしたら気持ちいいの?」

 

 

「ものすごく」

 

 

「男の人の身体って、よくわからなくって。・・・だからもっと上手になりたいの」

 

 

「春麗・・・」

 

 

「あなたが寝ている間にするなんて、反則よね? でも・・・離れちゃったら、してあげられないから・・・」

 

 

 春麗は頬を赤らめつつも安堵した表情で言った。

 

 

 俺は春麗の思いがうれしすぎて胸が震えた。この震えは俺の魂の歓喜だ。春麗はいつ去ってしまうかわからない男のために、羞恥を捨てて俺に愛を与えてくれたのだ。まったく男冥利に尽きるではないか!

 

 

 あまりの感激に、俺は上体を起こしてⅤ字につながったまま春麗をきつく抱きしめた。抱きしめて思いを伝えたかったが、あらゆる思いがあふれてしまい、結局何も言えなかった。

 

 

 ただ、俺はこの女性を離したくない、離してはいけない。かわいくて愛おしくてずっと探していた俺の魂の片割れ。愛してやまない俺の女神。春麗がずっと一緒にいてくれたら、毎日がどんなに素晴らしくなることだろう。俺はとてつもなく強くなれそうな気がして、いてもたってもいられなくなってしまっていた。

 

 

 俺は春麗を胸に抱きしめたまま、今まで一度も考えたことのないことを考え始めていたのだった。

 

 

 

 

「おはよう、リーフェン。よく眠っていたわね」

 

 

 起き抜けの目をこすりながらリーフェンが居間に入ってきた。春麗はすでに朝食の支度を整え終えたところだった。

 

 

「ママ、おはよう。パパは?」

 

 

 リーフェンはくまのぬいぐるみを抱きながら春麗に抱き着いた。

 

 

「ママじゃないわよ? それに、リュウはパパじゃないわ。リーフェン、まだ寝ぼけているのね」

 

 

「ああ、そうだった!」

 

 

 リーフェンは顔を上げて、はっきり目が覚めたように言った。

 

 

「おねえちゃんと、おにいちゃんだった。なんだかもう、パパとママに迎えにきてくれなくてもよくなっちゃった~」

 

 

 満面の笑顔でリーフェンは俺の隣に座った。

 

 

「パパとママは心配してるぞ」

 

 

「ううん。パパとママがここにいなさいって言ったの。だから心配じゃないの」

 

 

「そうだったのか。リーフェンは最初からここの子みたいだな」

 

 

 何か事情があってのことだろうが、この子がさみしくなければそれでいい。むしろ、春麗とはずいぶん意気投合している。このふたりが一緒に暮らすことはお互いにとってもよかったみたいだ。

 

 

「今朝は三人で朝食なんて、まるで家族みたいね」

 

 

 春麗はうれしそうに言った。

 

 

「家族か・・・」

 

 

 剛拳師匠と暮らした弟子時代から俺は、男だけしかいない環境で育ってきたことを振り返っていた。こうして目の前にいる美しい春麗とかわいいリーフェンとともに過ごしているなんて、俺の人生も捨てたもんじゃない。

 

 

「おなかすいた!」

 

 

「はいはい、じゃあいただきましょうね」

 

 

 こんなささやかな家族の風景が、心の奥底では俺にとって最大のあこがれだったということが、心の表面にあぶり出されて、息をのんだ。俺は強くなることばかり考えてきたが、今の俺は、安らぐ場を得たことへの喜びの方がはるかに大きいことを思い知ってしまった。

 

 

 俺は春麗と一緒にいなければいけないという思いが強烈になると同時に、今の俺のままでは駄目だということを痛感していた。

 

 

「行ってくるね!」

 

 春麗におさげ髪を結ってもらって身支度を整えたリーフェンは、友達と遊びに元気よく出て行った。俺と春麗はリーフェンを見送った後、互いの目を合わせた。

 

 

「じゃあ、一緒に稽古しましょうか」

 

 

「いいな。そうしよう」

 

 

 俺と春麗は、道場でそれぞれ氣の鍛錬をはじめた。

  

 

春麗は拳法の達人だ。女性だからと言って甘く見ては痛い目にあう。しかし、今の俺は春麗の柔肌にやさしく触れられるようになったかわりに、春麗に拳をふるうことはもはやできなくなってしまった。俺のこの手は春麗を殴るためのものではなく、守り、愛するためにあるからだ。

 

 

いつもならば、すぐにでも春麗に手合わせ願うところだが、そのそぶりを見せない俺に対して、春麗は何かを感じたのだろう。氣を練る動作をやめて言った。

 

 

「わたしじゃあ、あなたの稽古相手には役不足ね」

 

 

「いや、俺はベガを倒せても、春麗には一生勝てないよ」

 

 

「どうして?」

 

 

 春麗は目を丸くして俺を見た。

 

 

「俺には惚れた弱みってやつがあるからな」

 

 

 そもそも「俺より強い奴に会いに行く」と決心して世界へと修行の旅をはじめたのがすべてのはじまりだった。「俺より強い奴」は男とばかり思っていたが、実は女だった。それが春麗だったのだ。

 

 

「でもね、本当に強い人は、弱くなれるものなのよ」

 

 

 やさしい目で春麗はそう言った。なるほど、春麗は中国拳法の教師にふさわしい人物だと思った。強いだけじゃあ駄目なんだ。春麗は強さと優しさを兼ね備えた良き教師になるだろう。美しい春麗の瞳を見て、俺の心は決心を固めた。

 

 

「今日、上海を発つよ」 


 

「もう? もっとゆっくりしていけばいいのに」

 

 

「さっき決めた。俺は格闘家として身を立てる」

 

 

「リュウ・・・!?」

 

 

「これまでの日陰の人生はベガが終わらせてくれた。これからは日の当たる場所で、自分の実力が世界に通用するのかどうかを確かめてみる」

 

 

決心したら晴れやかな気持ちが広がった。これからの人生は俺ひとりじゃないと思うと、勇気があふれてくる。俺はやっぱり進むしかないようだ。ここに一日でも長く留まりたいのは山々だが、それより一日でも早く目標を成し遂げたかった。

 

 

「だから、待っていてくれ。必ずおまえたちを守ってあげられる男になるから」

 

 

 春麗は、半ば呆然として俺の言葉を聞いていた。そんな春麗を目に焼き付けておきたくて、俺はじっと春麗を見つめていた。

 

 

「リュウ・・・あなたのその言葉、本当に信じていいの?」

 

 

 春麗は俺の目を見ていた。その目に応えるように俺はひとつ頷いた。春麗は俺に抱きついてきた。

 

 

「いってらっしゃい。あなたの帰りを、ここで待ってるから」

 

 

 俺にもいつか家族を持てる日が来る。その日のために準備をしに帰るだけだ。俺のいない間、春麗にはリーフェンがそばにいてくれる。けれど、これだけは伝えておきたかった。

 

 

「春麗、さみしい思いをしたときは我慢するなよ。俺はいつでも飛んで行くから」

 

 

「ありがとう。うれしい・・・」

 

 

 春麗の目には涙が浮かんでいた。

 

 

「わたしもあなたに会いに行くわ。あなたを励ましてあげたいから」

 

 

「春麗・・・ありがとう」

 

 

 俺たちは互いに唇が引き寄せあっていた。キスからはじまって、キスで終わる。ベガが去った後の俺と春麗の人生は、なかなかいいスタートを切ったみたいだ。